先日、久しぶりに会う友人とのメールのやりとりで思わぬ誤解が生じてしまった。
文章とは本当は不便なものです。
互いに高度な共感力が無ければ意思疎通が難しい。
会って話すということがいかに効率の良い手段なのかを痛感しました。
携帯電話という小さなものや、そして匿名のブログに自分自身を預けてしまうことは寂しいことです。
文章を深読みし、悩んだり、傷ついたりしてしまう。
画面からは人のぬくもりを伝えきれない。
声の調子も顔色もわからずに、冗談なのか、本気なのかが探りにくい。
五感から発する空気などによってどれだけ人が健やかな日々を送れるか。
今、真剣に考える必要があるのではないか。
柴藤
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