私の村よりまだ7kmも奥深い所にその村はあります
私の小学時代の友は、そこから歩いて毎日通っていました
今でこそ車で10分ぐらいかと思いますが、
その距離の長さに大変な苦労だなと思ったものです
その村は、今でいえば、限界集落の仲間入りも近いのかもしれません
そこに大庄屋さんの家があるのですが、
なぜそんな奥まった所に庄屋の家があるのか不思議ですが
100年前は、今、交通の要所でもない、そこがこの辺りの中心であったのかもしれません、
今の道路地図を突破らつて、別の尺を持って見ないと駄目なのかもしれません
その庄屋の10番目の子供が、原六郎という方なのですが
小さい時は、進藤と言う姓だったのですが、
幕末の頃で幕府に対して尊王攘夷派として活動し、追われ
原という姓に変えなければならなかったようです
のちに、渋沢栄一という方達と同等の人物として評価されるのですが
そうゆう人物が、かの地で生まれ育った事が不思議
知性というものが、まるで地域を移動するかのような不思議さを持つのですが
確かに庄屋の子息という恵まれた環境にありはしたものの
人との出会いと、運をつかむ才覚もあったのでしょうが
もう二度とは、生まれ得ないのかとも思います
時代は動き、環境も動き、人も動き、今限界集落になろうとしかかっている
昔にあつて、今にないものが、今に帰って来た時
また、またはないか、ないともいえないか
福知山支店 山下
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